援助者が自らの言葉に重きを置くべき必要性について考える〜アセスメントシート埋めというビンゴゲームはいつ終わるのか?〜

公開日: 2013/12/03 MSW SCA SW言語化ゼミ 教育 思索 自己覚知



先日、とある機関の現場1年目の援助者から


先輩から、「クライエントのあの言葉は本音ではない。
本音を引き出すように」と言われ、よくわからなくなってしまいました。
本音を見抜くことができるようになりたいです。


という話を聞いた。

本エントリは、その先輩後輩お2人の顔を想像して書いた。
しばし、お付き合い願いたい。

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目次
1.「本音」とは、なにか?
2.援助者は、自身の援助者としての言葉に重きをおくべきだ
3.りんごと、クライエント
4.まずは、脱「想像力(マイナス)スタート」を目指そう。
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1.「本音」とは、なにか?

さて、本音とは、なにか?


私の暫定的な定義は、「本音とは”とある問いに対する表出を、
時間軸上の特定のところで、ピックアップしたもの”だ」

上記については、以下エントリに詳細を記した。

【参照エントリ】
ナラティブ・アプローチ論:「こたえ」という表象物がもつ意味について考える


”本音”も”引き出す”も、共に私は現場では絶対使用しない。


”本音”の定義が未完了な援助者が、”本音”を、「未来永劫変化しないような不可変物」として取り扱おうとしたとき、”引き出す”というワードが次にくっつく。



あなたは”今の自分の本音”を明確に言語化できるだろうか?


少なくとも、わたしは、できない。
手探りに自分の中をぐるぐると行き来しながら、
本音と表されるものに近い言葉を探し、なんとかそれを外に出そうとすることを
試みると思う。できるとしたら、それくらいだ。


つまりは、本音なんていうものは、定まったこたえ、のように
常に存在しているものではなくて、うつろい、ゆらゆらと、
出たり消えたりするようなものだということだ。

だから、明確な「これがわたしの本音です」といえるものは真には存在しない。
わたしはそう結論付けている。



2.援助者は、自身の援助者としての言葉に重きをおくべきだ


もっと、援助者は言葉に重きを置くべきだ。


現場において、クライエントの「言葉」に着目するばかりで、
なぜ「援助者としての自分」の言葉に無頓着でいられるのか?


それは、真なる意味で「クライエントの言葉に着目」できていないからだ。


クライエントの言葉に着目し続ける日々は、
「では、自分の援助者としての言葉はどのようなものか?」
という問いを必ず生むはずなのだ。必ず。


その問いが援助者の中に生まれるのを妨げているのは、
クライエントを”対象物のように観察する”という視点
ではないかと私は考えている。



援助者である自分の視点が定点観測のカメラのように、クライエントを対象物化して、やれラベリングし、やれ、専門家ヅラして、アセスメントする。


厳しい言い方をすると、見立てる力(私はアセスメントをこう表する)は、いくら既存のアセスメント技術と呼ばれるものを学んでもそう簡単には向上しない。

なぜなら、クライエントを理解しようとする際に援助者が採用する”枠組み”をどれだけ多く持つことができるかが、見立てる力に直結するからだ。


枠組みは、多様な言語を編み合わせて、援助者自身の中に組み込んでいく他ない。
だからこそ、援助者は言葉に重きを置くべきであり、言葉をどう扱うかを真剣に考え、その方法を学ぶべきなのだ。



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3.りんごと、クライエント


具体的な話をしよう。

「りんごを知らない人」に「りんご」について、説明してください。
といわれたら、あなたはどのように説明するだろうか?

果物
丸い
つるつるしている
赤い
みずみずしい
あまい
みずっぽい
噛むとシャリシャリする
芯がある
蜜がある

……etc


そう。
イメージを想起できるように、
「あらゆる言葉」を総動員するという方法を取るだろう。

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では、話を現場に戻そう。
こんな場面に遭遇したことはないだろうか?

援助者「あのクライエントは知的にpoorだから…」

そう。クライエントの理解力などを、をそう言い放つ援助者がいる。

これは、先にあげた「りんごの例」で言い換えれば、

「りんご?…… 丸い! 以上!!」

終了!ということになる。お前の想像力の方がpoo…(おっと失礼)


つまりは、

「あのクライエントは知的にpoorだから…」
と言った瞬間に、それ以外の想像力の生じる余地が消失する。


先に述べた、りんごでいう「丸い」以下すべての要素を切り捨てることと同義なのだ。
クライエントの全ての言動は「あのクライエントはpoorだから」というラベルに収束し、全ての想像力の余地は、切り捨てられ、消失する。

実に、くだらないこと。愚かなことだと思う。

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抽象度をあげた話をしよう。


わたしたちは、多様な言葉で現実世界を認識する。
言葉で世界を切り取る。言葉でしか世界は構成されないのだ。


多様な言葉は、現実を多層に切り分けることを可能にし、
それゆえ、言葉を扱う人間が世界をみる解像度はあがる。
(細かく見える、細微なものが捉えられるようになる)


クライエントがみている世界を、援助者として認知しようとしたとき、
貧相な言葉しかもち得なければ、クライエントの世界を単層でしか見れない。


単層でしか見れない援助者の見立てる力なんぞ、たかが知れている。
単層でしか世界を切り取れない援助者の想像力はpoo…(おっと失礼)


アセスメント力を鍛える!などというお手軽ハウツーにこたえを求めるのはやめよう。
そんなお手軽な話なんて存在しないよ。


そんなレベルの低い話は、私は御免だ。


アセスメントシートを埋めて何になる?
ビンゴゲームじゃないんだ。アセスメントシートなんざ捨ててしまえ。


そのかわり、今日から日記をつけはじめよう!!


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三行日記


日付:
起こったこと・あったこと:
そこで思ったこと、感じたこと、考えたこと:

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これを3ヶ月、続けてほしい。

世界を切り取ることのできる言葉は確実に増える。
そして、それは、見立てる力に直結する。


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4.まずは、脱「想像力(マイナス)スタート」を目指そう。


厳しい話をしよう。


貧相な言語イメージしか持ち得ない援助者がいたとする。

それは、「クライエントと”今”を共有するどころか、
ゼロ、もしくは、想像力(マイナス)スタートになるということを意味する。


貧相な言葉しかもち得なければ、クライエントとの出会いは、
(援助者の自覚とは無関係に)、”想像力(マイナス)スタート”ではじまる。


上っ面の面接技術を鍛える暇があるなら、
まずは言語運用の仕方を学ぶべきだ。


日記でもいい。
事実→思考・感情の展開を、何度も何度も踏むべきだ。


これが、なにより多様な言語を得て、クライエントを理解しようとする際に援助者が採用する”枠組み”を多く持つには、それが一番の近道であり、確実に鍛えることのできる有効なトレーニングになるから。


想像力(マイナス)→想像力(ゼロ)まで、まずは持っていかねば、
クライエントとの事象の共有は困難を極める。それは援助のスタートを切れないと同義だ。



私が、冒頭に紹介したエピソード「本音を引き出す」という言葉に強烈な嫌悪感を覚えるのは、本エントリで述べたような、援助者自身が自身の貧相な言語に無自覚で、想像力(マイナス)のまま、現場に立ち続けていることが、同業者としてどうしても許せないからなのだ、と結論付けている。



日頃、現場で自分が用いる”言葉”にもっと留意すべきだ。
何気なく使っている言葉がたくさんあるはずだ。
「なぜ、その場面で、その言葉を用いる?表出するのだ?」


もっと、自分に「問い」を立てねば、日々はルーチンに傾倒するばかりで、
成長なんて、遠のくばかりだ。


言語運用能力を鍛えることで、事象の解像度があがる、というのは、視力0.01で世界をみるか、視力1.0で世界を見るか、という違いのようなものだ。視力0.01で見た世界において為される見立てがどのようなものか、想像は容易い。



現場1年目の私と、今現在の私がみている世界の解像度は全く異なるものになった。 それは、端に言語運用能力を鍛え、世界をより細微まで見ることを探求した結果であり、これは、ひとつのモノゴトを考えたり、そして現場でソーシャルワークを行なう際にも、とても私を助けてくれている。






上記は、現時点での私が考える「言語化」の段階図だ。


言語化は、「表出」からはじまる。
そして、意図的な表出(発信)には、表出したメッセージの「受信先」が必要になる。


今月創刊したSCAメールマガジンは、多くのソーシャルワーカーに、意図的な表出(発信)の場をもってほしい、そういった場を創りたいという思いから生まれた。


「受信先」があるからこそ、人は、意図的な発信をおこなう。
見立てる力は、事実→思考・感情の展開を、何度も何度も踏むトレーニングが必要だ。
1人でするのが大変であれば、「場」をつくればいい。



私は、何度でも、言う。
言語化能力を鍛え、高めることが、援助者にとって、どのような段階にいたとしても必要だ。

サンプルとしてのわたしが,そう言うのだから、間違いない。


もっと、自身の援助者としての言葉に重きをおこう。
その先には、今とは違った景色が待っているに違いないのだから。



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