「ポスト面接技術論 vol2 」- 感性有意と論理有意の拮抗-

公開日: 2013/08/11 MSW SW解体新書制作委員会 思索



本日記したエントリ:「ポスト面接技術論」- 面接技術論の次にくるもの-において、以下のように述べた。



既存ソーシャルワーク価値や倫理等根源的な部分は大切にすべきだけれども面接技術だけではもはや、「クライエントと関係構築と共に対処すべき問題選定までしか到達し得ないこれは7年間で確信し得たことだ

クライエントと面接で可視化された対処すべき問題課題

それらに対していった判断基準で優先順位を立て各々についてなゴール設定をしなアプローチを行い問題軽減解決までプロセスを経るとい文脈は学部教育では語られないし語ることができない


これは、私自身の現場経験からくる、自らの今後のソーシャルワーカーとしてのキャリアを考える上で課すべき言葉でもある。


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私は、自分の有する属性が、”感性有意”だという自覚は学生時代からずっとあった。だから、社会人になってからは、意図的に”論理”ベースの勉強をし、そのバランスを取ろうとしてきた。


感性有意モードで対人援助の仕事を続けていくと、どうしても「クライエントとの相互交流などと呼ばれる情緒的な側面を、クライエントの関係構築にどう活かすか」などという2者関係に終始してしまうリスクが高くなる。

俗にいう「面接室で完結してしまうソーシャルワーカー」がそれに当たる。


対人援助職とクライエントの2者関係に終始してしまうと、そこには無限の語りとエピソードがあるわけで、それを追い求めるだけで、なんとなく対人援助職として、成長しているような気にさせられてしまう。これは非常に危険なことだとずっと思っていた。


クライエントとの間に築く関係は「とある問題を軽減・解決するための時限性を有する特殊な関係」であって、それ以上でもそれ以下でもない。
それなのに、その2者関係を延々と深堀しても、それは感性有意の援助者側の自己満足の域を出ず、クライエントの利という観点からは、さほど意味を持たない。


だからこそ、私は自分が”感性有意”であるという自覚を得たその日から、”論理ベース”のありとあらゆることを取り入れることを大切にしてきた。
”感性有意”の場合、何もせずとも、現場から”感性モード”をONにする刺激には事欠かないわけなので、勉強することを”論理ベース”に置き換えた。


クライエントとの面接で、可視化された対処すべき問題・課題に対して、「どういった判断基準でクライエントと共に優先順位を立て、各々について、どのようなゴール設定し、どのようなアプローチを行い、問題軽減・解決までのプロセスを経るのか」という文脈で語れる人は、論理ベースの勉強はほとんど必要ない。あとはその精度を高め続けることにリソースを投入すればいい。


どうも、対人援助職は、自分も含め"感性有意”の人間が多いような印象を受ける。

”感性有意ベース”では、”クライエントの問題軽減・解決”という目的達成度は概ね低くなるように思う。それは、クライエントとの関係構築に焦点化し過ぎてしまい、「何のために関係を構築するのか」という大前提の問いが忘れられてしまいがちになるからだろう。


”感性有意ベース”である対人援助職は、クライエントとの面接場面での関係構築を大切にする。
”論理有意ベース”である対人援助職は、それよりも「問題軽減・解決のためのゴール設定とそのアプローチ法の創出」を重視する。


どちらがいいというよりも、その両者をバランスよく得ることが大事だ。


両者が良い意味で拮抗している状態が、対人援助職として健全であり、
目指すべきひとつのモードであると思っている。




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